ジャムって何?どんな起源・歴史があるの?

ジャムは日々の食卓に欠かせないものです。日本人を含めアジア、ヨーロッパ、南北アメリカはもちろん、アフリカや中東など世界中どこでもジャムを食べることができます。もはや国民食ならぬ、地球食となっていると言っても過言ではないジャムはいつ誕生したのでしょうか?

ジャムって何?~ジャムの歴史

ジャムは果物と砂糖を鍋で煮詰めた保存食です。砂糖で煮ることで腐敗を防げるので、季節の果物をいつでも味わうことができます。保存食の歴史は古く、人類誕生の最初から人間は生き延びるために保存食を作ってきたとも言われています。保存食であるジャムの歴史も当然古く、旧石器時代の遺跡から果物を土器で煮たものが発見されています。これがおそらくジャムの原型であり、起源だろうと考えられます。

時は流れ紀元前4世紀、アレキサンダー大王(アレクサンドロスⅢ世)は、東方遠征でインドから砂糖を持ち帰り、その結果、王侯貴族の間で砂糖を使ったジャムが作られるようになりました。とはいえ、砂糖は黄金などに次いで価値があったため、一般庶民にとってはまだ「ジャムって何?」という状態でした。貴族以外の人々がジャムを食べられるようになったのは十字軍遠征(1096~1270年)の頃、さらにヨーロッパの各地に広まるまでには大航海時代に入り、砂糖が大量に輸入できるようになる16世紀まで待たなければなりませんでした。

日本にジャムが来たのはいつ?

最初に日本にジャムが渡来したのは16世紀後半で、宣教師が日本に持ち込んだと考えられています。おそらく舶来物が大好きだった織田信長は口にしたのではないかと言われていますが、記録は残っていません。

日本で最初にジャムが作られたのは1877(明治10年)。当時、内務省勧農(かんのう)局、つまり現在の農林水産省で、イチゴジャムを試作・販売したのが日本初でした。イチゴは江戸時代からありましたが、現代のイチゴと違って酸っぱく、そのままでは食べにくかったためジャムにしたと考えられています。1881(明治14)年には、長野県に缶詰のイチゴジャムを製造・販売する企業が誕生。以降、日本各地でジャム作りが盛んになりました。1905(明治38)年に出版された夏目漱石の処女作「吾輩は猫である」には、主人公の猫の飼い主である珍野苦沙弥先生が無類のジャム好きで、「おれはジャムを毎日なめる」と告白するくだりがあります。実は、珍野苦沙弥は夏目漱石自身がモチーフで、漱石もジャムが非常に好きだったそうです。ちなみに漱石が好きだったのもイチゴジャム。当時の日本人にとっては、ジャムと言えばイチゴジャム一択でした。

戦後、学校給食にコッペパンとイチゴジャムが出るようになり、ジャムは戦後の貧しい時代に生きる子供たちにとって貴重な栄養源であり、甘味でもありました。パン食も含め、さまざまな食事が楽しめる現代。ジャムにもさまざまなバリエーションがあり、気分や料理に合わせて自由に選ぶことができます。